教練が好きだったこともあれば、両親の要請もあって、このころ陸軍幼年学校を受験している。
両親の要請というのは、幼年学校に入れば、将来は将校になれる。
つまり兵隊さんと違って、前線に立たなくても済むから、
戦闘で命を落とす可能性が低くなるという計算だった。
この受験について、葛西の記憶にあるといえば、肉体の情況についてだった。
何でも幼年学校の身体検査は全裸にならなくてはいけないと聞いていた。
ところが思春期に入った葛西の性器は幼少年期とは違って、かさばるようになっていた。
これを病的な変化ととらえていた少年は、何とか小さく、
普通の大きさに戻らないものかと心をくだき、水泳のときの経験から、
冷水に浸せば縮むものと認識して、暇さえあれば風呂場で冷水に当てて小さくしようと努めていた。
だが、いかんせん、自然の摂理を逆さに回すことは出来ない。
苦労の甲斐はなかったどころか、あろうことか、身体検査の現場で全裸にされた上に、
4つんばいにさせられ、尻の穴に指を突っ込まれるという屈辱的な目にあってしまった。
おまけにその瞬間、葛西の性器は所有者の意思を無視して、1段とかさばってしまった。
その瞬間から幼年学校に行くつもりはなくなり、合格の通知が来なくてほっとしたのだった。
幼年学校の受験という厳粛な場で、図らずも勃起してしまった葛西だが、
性の快感というものは、そして即、勃起現象なるものは、うんと早熟で、
既に書いたように、〇学校低学年で体験していた。ただ、
それは登攀棒に局部を押し付けて得られる快感をたまたま知ってしまったということで、
言ってみればわきの下をくすぐれば、くすぐったい快感を覚える、で、
快感を楽しみに試みるというだけで、性的な意識、感覚は全くなかった。
ただ、おしっこをするという場所が場所だけに恥かしいことは恥かしかったが。
そして全身を棒に預けるという行為の延長であるだけに、登る行為ではなく、

這う行為でも、地面や板の間、畳で同じ快感を味わってはいた。
直接手をあてがうという、ばっちいことは出来なかった。
だから、成長してから手淫という単語を聞いてもぴんと来なかった。
でも、思春期となれば、その文字の通りで、いやでも春を思い、
セックスに関心は行く。辞書であれこれ調べて、
異性を相手にするものだという記述にぶつかったとき、
異性を異物と読み違え、棒や畳や褌のことかと理解していた。
褌というのは葛西の幼年期から、よく顔を出す代物で、
〇学の相撲部の稽古を遠望しながらも、複雑な感慨にとらわれていた。
体の中でも不浄とされながら、形ばかりは美しい尻に巻きつける布というとらえ方、
これまたはずかしいものだ。
ところが少年講談で戸沢白雲斎、百地三太夫などの忍術使いや、
宮本武蔵などの超人的武芸者の話を呼んでいて、ある訓練さえすれば、
自分にも特異な能力が開発されると知り、その訓練なるものを実施してみた。
子供というのは空想と現実の区別がつかないものだが、
葛西にはその傾向がことのほか強くて、真剣に実行に移していた。
その次第は、まずは拝むべき神様をお祭りすること。
これは〇学校の修学旅行のとき、奈良で買い求めた鋳物の小さな大仏像があったので、
それを使えばいい。滝の水で沐浴潔斎、これは風呂場の水ですませばいい。
清浄な裸体に純白のさらしの褌を締めて、瞑想三昧にひたること。
これを実行したところ、褌が異物として作用し始め、しきりと勃起を誘って、
悟り済ますどころか、邪念に身を焦がす羽目になった。
その極めつけとして、褌に射精をしてしまった。
精液を膿と勘違いしたこのときの恐怖のほど。後悔しなければいけないようなことを続けてきて、
そのばちが当たったのではないか。それで、こんな膿が出たのではないか。
人には聞けないことなので、懸命に辞書を多角的に利用して調べた結果、
これが精通現象だと知って納得はしたが・・・。
武道、教練、相撲、陸軍幼年学校受験から、なくもがなの精通現象にとつづいてしまったが、
日本軍国主義という時代背景のしからしむるところだろうか。
精通は別として。
でも、いくら戦時中だから、軍国主義体制だからとはいっても、
〇学校なのだから普通の科目もきちんと教えられていて、
それぞれの科目の専門教員が時代とはほとんど関係なしに淡々と授業を進めていた。





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